ヨーロッパ一周旅行① 1997.SEP

Dijon→Port Bou

~9月22日~

成田から、サベナベルギー航空に乗って、ブリュッセル経由でパリへ。

フランス留学中の妹が、夏休みを日本で過ごしたあと、弟と二人で一足早くフランスのディジョンに行っていたので、私はあとから追いかけるかたちで出発。

そして、妹とはパリ、弟とはディジョンで合流してからは、妹&弟と3人で8日間のヨーロッパ一周旅行を楽しみました。

サベナの機内では一人の時間を満喫し、乗り継ぎのブリュッセルでも暇を持て余したりせず、あっという間にパリに着いたのですが、空港で無事に妹と会えてホッとする間もなく、ディジョン行きのTGVの時間が迫っていたので、ダッシュでメトロのチケット売り場に向かうことに。

チケットを買って、ギリギリのタイミングでリヨン駅行きのメトロに飛び乗り、乗り継ぎがうまくいかなかったらアウトという状況も乗り越え(運よく高速特急に乗れた)、20時半発の最終のTGVに乗れたときは、二人で「良かった~!!」と感激。

弟もディジョンで待っているし、パリに1泊せずに済んだので、安心して、そこからの1時間半は妹とのお喋りに花を咲かせました。

22時過ぎにディジョンに着きましたが、ディジョンは低めの建物が多く、ネオンサインがぴかぴか光って歓楽街のようでした。

タクシーで10分ほどで、妹が以前滞在していた学生寮に着き、約10日ぶりに弟と再会。

弟は、滞在中に喘息をこじらせて大変だったようで、少し疲れて見えましたが、パリやリヨンの観光は楽しかったようです。

↑ リヨン。建物の壁に絵が描いてあって面白い。

↑ 妹が滞在していた学生寮のお庭。

妹は半年前にその寮を出て、アパートを借りて一人暮らしをしていたのですが、夏休み中は1泊¥1500位で泊まることができたので、皆でホテル代わりに泊まったのです。

~9月23日~

翌朝は、9時にドアをノックされて目が覚めて、部屋の中に虫よけの薬を撒かれ、その薬が吐き気をもよおすほど酷い臭いで、窓を開けても一切ぬけなかったので、早めに支度をして、寮のカフェテリアでブランチ。

ポテト、ハム、タマゴ、チーズが入ったキッシュと、人参のソテーとパウンショコラがとても美味しく、お腹もいっぱいになりました。

午後からは、バスに乗ってディジョン観光へ。

ディジョンでは、アジア人は珍しいらしく、「あちこちから刺されるような視線を感じる」とは聞いていましたが、実際、信号待ちの車の中からとか、バスの中からとか色々なところからじろじろ見られて、何とも言えない気分を味わいました。

でも、街並みは、昨日の夜に見た景色とはうって変わって、「かわいい」という表現がぴったりの、小さくてこじんまりした感じで、お散歩が楽しめました。

↑ ディジョン市庁舎。

↑ 図書館。

↑ ブルゴーニュ大学。

↑ 裁判所。

↑ 妹が一人暮らしをしていたアパート。

↑ リベルテ通り、ブール通りなど。

↑ ギョーム門。

ディジョン観光は、妹が全て案内してくれて、言葉の苦労も一切ないので、外国にいながら日本で過ごしているような不思議な感覚でした。

17時過ぎに寮に戻ると、弟は、1日寝て過ごして体調が回復したようで一安心。

それから、シャワーを浴びて、カフェテリアでパスタの夕食を食べて、妹の友人の部屋でお喋りをしたあと、20時に寮をチェックアウトして、ディジョン駅へ。

その晩、24時半の夜行列車でバルセロナに向かうためです。

バルセロナ行きの列車は、3段ベッドが2つ入った6人用のクシェットで、私たち以外の乗客がいなかったので、手足を伸ばしてゆっくり眠れました。

鍵もかかるし、寝具も揃っていて、夜寝ている間に移動できるので、ホテル代が節約できて、夜行列車は魅力たっぷりです。

~9月24日~

ヨーロッパは日の出が遅いので、朝8時頃から、窓の外にフランスとスペインの国境の景色が見え始めましたが、荒々しい岩肌の山々や、だだっ広い原っぱが続いて「ここはどこ?」という感じ。

8時半に、国境駅のポールブー駅に着いて、バルセロナ行きは11時発だったので、弟と2人でポールブーを散策しました。

↑ ポールブー駅。

駅を出て、急な坂道や階段をずっと下っていって、あてずっぽうで道を曲がると、海の見えるところに出たので、波打ち際まで行ってみました。

砂浜でなく、大小様々な石でできた海岸と、透明度の高い水がきれいで、周囲の山と合わせて、本当に美しい景色でした。

帰り道は、少し迷ってしまいましたが、親切な人たちが助けてくれて、「Estacion?」「Si!Si!」「Gracias!」と簡単なスペイン語で会話をしたことが楽しかったです。

他にも、すれ違う人が皆、微笑んでくれたり、挨拶をしてくれて、短い時間の滞在だったけど、たくさんの温かさを感じる街でした。