義弟の家族

12年ぶりの再会

私の義弟はフランス人で、彼の姉家族はタヒチに住んでいるのですが、このたび日本で開催されるラグビーワールドカップ観戦のため、彼の義兄(リュドヴィック)が来日しました。

私と夫がリュドヴィックに初めて会ったのは12年前です。

↑ 2007年4月。リュドヴィックと私と夫。

↑ 12年前は、リュドヴィックの3人の娘はフランスで祖父母とお留守番し、夫婦2人で来日。

私の両親が牛兵衛で焼肉をご馳走してくれました。

↑ ちょうど私の妹の子どもが生まれて4か月のときで、妹が仕事に復帰したタイミングでしたので、この頃から祖父母である私の両親や私たち夫婦が育児のサポートをしたりするように。

↑ 私たちには子どもがいなかったことと、姪がよくなついていたことで、可愛くて仕方ありませんでした。

↑ 姪は祖父母のことも大好きで、今でも仲良しです。

それから12年後の10月7日、近所の牛角でリュドヴィックとの再会を果たし、皆で焼肉の夕食を楽しみました。

リュドヴィックはタヒチから10時間以上のフライトで到着したばかりだったので、疲れていないか心配しましたが「大丈夫」とのこと。

彼には3人の娘がいて、長女と次女は日本に来たときに会ったことがあるのですが、それぞれ2、3歳だったので、「今は長女は16歳で高校2年生」なんて聞いて、時の流れの早さをしみじみと感じました。

↑ 2006年春。リュドヴィックの長女Kちゃんが2歳で祖父母に連れられて初来日したとき。

姪が妹のお腹の中にいた頃です。

↑ 2008年冬。Kちゃんが祖父母と一緒に再び来日し、姪も2歳になりました。

Kちゃんは日本語が全く話せないのに、なぜか私の夫と仲良くなり、ずっとフランス語で話されたことを夫は今でもよく覚えているようです。

↑ 2010年5月。私の娘が生まれたばかりのとき、リュドヴィックの次女Hちゃんが祖父母と共に初来日。

Hちゃんは姪と一緒に娘のお世話をしてくれました。

↑ 義弟の両親。最近まで毎年のようにフランスから遊びに来ていたので、娘にとっては3番目の祖父母みたいな感覚だったと思います。

そしてそれは姪にとっても同じで、自分の父方の祖父母はフランスにいてなかなか会えないけど、成田に住む私の夫の両親に可愛がられたので、血縁でないのに「成田のおじいちゃんおばあちゃん」と呼んで慕っていました。

↑ 姪と夫。2人で変顔をするのがお決まり。

↑ 姪の生後1か月のときから、不思議な絆がありました。

↑ 0歳の姪に「困った顔」をさせて喜ぶ夫。

↑ いつの間にかぴったりとくっつく仲良しになり、

↑ 不意に撮った3連写でも、打合せなしで同じような変顔をするまでになりました。

そんなわけで、姪は中学生になった今でも、思春期真っ只中でも、私たち夫婦とは特殊な仲の良さがあり、この日も焼肉を食べながら夫が「ソウルに2人で行こうよ」と提案したところ「いいよ!」と大盛り上がり。

でも、夫に遠慮して断れないのは可哀想だと思って、念のため数日後に「本当にいいの?」と確認したら「パパと2人で旅行とか無理だけど、のんの(夫のこと)と2人でソウルなら全然いいよ。のんののこと引っぱり回すし~」との返事だったので、私もそんな旅行が実現したら面白いなと思うようになりました。

↑ 姪がスマホで悪戯した写真を見て皆で大笑い。

でも、父方の叔父には遠慮があるのか、私たち夫婦と違って手加減した加工しかしないのが可愛かったです。

↑ 甥も初めて会う親戚に興奮していました。

基本はママのそばを離れませんが、

↑ 夫にちょっかいをかけたり、

↑ 父親と叔父のそばに行ってみたり。

↑ 私は義弟と妹に通訳してもらいながらリュドヴィックと会話をし、「わざわざラグビーを観戦しに来日したということは経験者?」「タヒチでの生活はどう?」「娘3人とは仲良し?」などと質問したりして、12年前よりは色々と話をしました。

そして、私の娘は今回の初対面を心待ちにしていたものの、この日は殆ど触れ合わず、帰宅後に「本当はもっとお話したかった」とか「うちに泊まりに来てほしい!」と言ったので、3日後にうちで一緒に夕食をとることに。

↑ またしても会話はできなかった娘ですが、ハリーポッターに出てくるバタービールのコップにビールを注いでリュドヴィックにサービスしたり、簡単なフランス語のレクチャーを受けて喜んでいました。

リュドヴィックは、11日のオーストラリアージョージア戦と12日のフランスーイギリス戦を観るために来ていたのですが、この日台風の影響でフランス戦が中止になったことがわかり、気の毒でした。

11日の試合は観られたのでまだ良かったと思いますが、静岡から帰れなくなっては大変なので宿泊せずに千葉に戻り、12日は恐ろしい台風を経験し、13日は日本がスコットランドに勝った試合をテレビ観戦して、14日にタヒチへ。

バタバタの滞在だったと思いますが、今度は私自身がタヒチに行って、現地で彼や彼の家族に会ってみたいです。