父の入退院

父の入院

闘病中の父が救急車で運ばれたのは、2019年12月17日のことでした。

父は明け方に下半身が動かなくなり、かかりつけの病院に救急搬送されてそのまま入院となり、私と妹がその日の晩にかけつけた時に医師から告げられたのは「この先ずっと下半身麻痺である可能性が高い」という言葉。

あまりに突然のことに愕然とし、受け入れたくない気持ちになりましたが、ベッドに横たわる父が「下半身の感覚が全くない」と言ったり、「右足が左足の上に重なっているようで重くて不快なんだけど」と言うので布団をめくると、両足が全く重なっていないのを見て、これが現実なのだと途方に暮れてしまいました。

そして、医師からは「下半身の運動機能を麻痺させている原因は、腫瘍が脊髄を圧迫しているからですが、その腫瘍を取り除く手術は危険すぎるので出来ず、腫瘍に放射線をあてる治療は行うけれども動くようになる保証はなく、とにかくやってみるしかないです。」とのことで、入院翌日から放射線治療が始まりました。

私は父の落胆や絶望感や今後の不安などを思うと、ただただ涙があふれるばかりでしたが、落ち込んでいても仕方ないので、妹や母と協力して父の側に寄り添い、食事の介助をしたり、父の思いに耳を傾けたり、足裏のマッサージをしてあげることにしました。

足裏マッサージについては、医師に「回復の効果があるわけではないですが、本人が気持ち良いのであればどんどんしてあげてください。」と言われていて、足裏を押しながら「わかる?」と聞いても父が「何もわからない」と答えるので、期待半分諦め半分というような感じでしたが、ずしんとして単なる塊みたいだった足が、1日ごとに温かく柔らかくなり、1週間後には足の感覚が戻り、足に力を入れたり指を曲げたりできるようになり、医師も「思った以上の回復だ!」と喜んでくれるように。

ただ、点滴につながれ、体も30度までしか起こせない状態だったので、食事も水分補給も苦しい様子で見ていて辛かったです。

年末年始

父の病院は15歳以下の子どもが訪れることが出来なかったので、私も妹も子どもの下校や降園に合わせて動き、夫に助けてもらいながら、看病の合間をぬって日常生活をなんとかこなしていました。

そして、子どもたちには不自由や不便を強いたところも多かったので、クリスマスとお正月だけは楽しむことに。

↑ サンタクロースやトナカイなどクリスマスっぽいご馳走を作って、皆でお祝い。

↑ 元日は、病院に特別許可をもらって、子どもたちが10分位だけ病室に入ることができたので、家族全員で「あけましておめでとう」の挨拶をすることができ、父も喜んでいました。

病院から帰って、父のいない家でお正月を祝うのは寂しい限りでしたが、皆でおせちとお雑煮を食べて、お年玉と福引を楽しみました。

↑ 初詣は、近所の千葉神社へ。

ここで祀られている千葉常胤は、父の遠い先祖でもあるので「どうか父をお守りください」とお祈りしてお守りを買い、おみくじはなんと大吉を引き当てました。

↑ 娘が「おじいちゃんのために頑張る!」と言って、冬休みにみっちり練習をした書き初め。

私が病室に持参すると、父は「立派な字だ!」と感心してくれ、看護師さんたちも口々に褒めてくれました。

「男はつらいよ」

私は、年末に公開された「男はつらいよ50」に興味があって、映画館に行く前に過去の作品を幾つか観たところ、すっかり寅さんにハマってしまいました。

寅さんの映画は、幼い頃に実家でテレビ放送されているのを、母が大笑いしながら観ていたことは覚えているのですが、まさか自分がこんなに夢中になるとは思わず。

でも、父の緊急入院の時期と重なったこともあり、私の果てしなく落ち込んだ気分を吹き飛ばしてくれたのが寅さんだったのです。

きっぷの良いところ、世間体を気にしないところ、自由に旅をするところ、肩書きで人を判断しないところ、義理がたく人情に厚いところ、惚れっぽくて喧嘩っぱやいところ、優しくて面白いところ、どれも私にとって理想の男性像ですし、数々の寅さん語録はぐさぐさと私の胸に刺さって、気づけば2か月弱で49作品を観てしまい、50作品目は大画面のスクリーンで寅さんに会えて、最初から最後まで感動と笑いの涙を流しっぱなしでした。

↑ 映画館でもらったポストカードは私の宝物。

私の周りには寅さんファンが何人かいて、それは私の妹ファミリーと近所のママ友ですが、何度も柴又を訪れたりして詳しいので、私も早く柴又に行ってみたくてたまりません。

父の退院

年が明けて、父の具合は少しずつ良くなり、40度まで体を起こせるようになり、90度の姿勢で車椅子に座れるようになり、排泄機能も戻り、足は益々動くようになり、毎日のリハビリを見ても入院当初からは考えられないほど回復しました。

まだ自力歩行はできませんが、医師、看護師、理学療法士などが、父を励ましてくれて、相当の努力家だと褒めてくれて、実際に父は何とか歩けるようになりたいとの思いからリハビリを頑張り、その努力が報われつつあるので、その喜びと病院スタッフへの感謝と父への尊敬で私の胸はいっぱいですし、私や父のことを心配して慰めてくれた友人にも心からお礼を言いたいです。

こうして、父は一時帰宅を経て2月17日に2か月ぶりに自宅へ戻ることができ、その日の晩は子どもたちも一緒に夕食のテーブルを囲んで盛り上がりました。

今後も病気の治療とリハビリは続きますが、一歩一歩前進する父を応援し、辛いときには寅さんに力をもらって、家族皆でサポートしていきたいと思います。